今年も夏まっさかりですね。夏といえばお祭り、かき氷、プール、キャンプなど、楽しいことでいっぱいです。ここ数年の、天井知らずな暑さには少々困り物ですが(笑)。そんな夏の風物詩といえば、怪談話や各種ホラーコンテンツが外せません。ゲームメディアにとっても夏のホラー企画は鉄板のネタ。そこでシシララTVでもやります、ホラー企画!
中身はシンプルに、ホラーゲームの愛好家であるわたくしライターの御簾納直彦が、今まで体験してきたホラーゲームについて語り尽くしていきたいと思います。
必然的に、思い出深い過去作を取りあげることになるので、今さらゲームの紹介を事細かにするつもりはありません。私と、今でも愛してやまないホラーゲームたちとの馴れ初めを、汗ばんだTシャツのようにネットリと語っていこうと思います。
さて、そんな企画の第1回目に語りたいのは、チュンソフト(現スパイク・チュンソフト)が1992年に送り出したサウンドノベルの金字塔『弟切草』です。30~40代くらいのゲーム好きなら知らない人はいないとさえいえるほどの名作、その魅力を私の思い出とともにお届けします。
■はじめてゲームに恐怖した! 私と『弟切草』の思い出
1992年当時のある日、学校で友人のS君が私に言いました。
「……『弟切草』ってゲーム知ってる?」
いきなりです。本当にいきなり。少し困惑しつつ、「ううん、知らない」と返すことしかできませんでした。草っていうくらいだから、植物に関係するのかな? とか、弟を切る草ってなんだよ!? とか、そんな印象でした(実際、「弟切草」という植物はあるわけですが)。とにかく、ちっともゲームのタイトルっぽくない。
当然、私は訊きました。「どんなゲームなの?」と。しかしS君は「わからない。なんか変わったゲームっぽい」と一言。……それだけかい! 確かに、タイトルからはゲームの内容がまったく想像できません。響きから、ちょっと怖いゲームなのかな、くらいの印象でした。
どうやらS君もまだプレイしたことはないらしく、ゲームショップに置いてあるのを見ただけらしいのです。でも、なぜか引っかったんですよ。気になったんですよ。全貌の見えない謎のゲーム『弟切草』が。
▲サウンドノベルの金字塔であり、多くのフォロワータイトルも生み出した『弟切草』。
これ以上S君を問い詰めても無駄だと思った私は、『弟切草』の存在を確認するため、学校帰りに地元のゲームショップ「ロムハウス」へ向かいました。そこで出会ったのです、『弟切草』に。あって当然なのに「本当にあったんだ……」と感じました。どこかでS君を疑っていたのか、今となっては分かりません。『弟切草』に対して、未確認生命体のような、不確かさを伴う危ない魅力を感じていたようにも思います。
都市伝説かよって感じですが、ネットのない時代には、本当に存在しているかすら定かではないゲームのウワサが友人たちの間でまことしやかに囁かれることもあったのです。『弟切草』については、ただ私が無知だっただけかとも思いますが……。
閑話休題。『弟切草』が陳列されていたのは、たしか商品棚の下のほうだったと思うんです。当時、サウンドノベルなんてジャンルは存在しなかったので、持て余していたんじゃないかな? とにかく、アクションやRPG、シューティングといったメジャーなジャンルのコーナーには陳列されていませんでした。アドベンチャーの棚ですらなかった。ショップのスタッフさんも、どんなゲームなのかよく把握できていなかったのでしょうね。
まず、パッケージに驚きました。スーパーファミコンの縦長の紙箱に、でっかい赤文字で書かれた『弟切草』のタイトルロゴ。バックには、雨の中に佇む洋館のイラスト。正直、見ただけでゾクッとしました。恐ろしさと同時に、哀しみも流れ込んでくるようなデザイン。そりゃもう、ものすごいインパクトでした。もちろん、今でも『弟切草』のパッケージデザインは大好き。シンプルなのに、人をひきつける魅力があるんですよ。
▲『弟切草』のパッケージ(スーパーファミコン版)。ロゴのインパクトが絶大!
ジャケットの裏には、「サウンドノベルの世界にようこそ」とのキャッチ。アクションやRPGなど、従来のジャンルの枠にはない「小説を読み進めるようにプレイする」という、新しいスタイルのゲーム。
私は子どものころから好奇心が旺盛で、おもしろそうなことには積極的に乗っかっていく性格でした。『弟切草』にも「怖そう」というイメージと同じくらい、未知のものへのワクワクを感じてしまい、気になって気になって仕方がなくなった私は、まるで吸い込まれるようにパッケージを見つめ続け、気がついたら購入していました。
当時はまだネットが普及していない時代でしたし、そもそもこのころの私は、ゲーム情報誌を頻繁にチェックしていたわけでもないので、ゲーム内容に関しては完全に真っ白。何も知らないんです。
当然ながら『ドラゴンクエスト』や『マリオブラザーズ』のような人気シリーズでもないわけで、おもしろい保証なんてどこにもない……。なんの情報もなしにフルプライスの完全新作ゲームを買うなんて、今では考えられないことでしょう? でもそれだけに、おもしろいゲームと出会えた時は喜びもひとしおでした。
■物語を「委ねられる」恐怖。選択することの緊張感
そんな『弟切草』ですが、プレイしてみてその「新鮮なゲーム性」に目を奪われました。今でこそ「サウンドノベル」というゲームスタイルは完全に市民権を得ていますが、その様式を確立したのはこのゲーム。つまり、「前例のないプレイ感覚」だったわけです。これだけで買った甲斐がありました。
文章を読み進め、ときおり現れる選択肢を選ぶ。たったそれだけのシンプルなゲームシステム。グラフィックは森や館の背景に文字を重ねただけという、これまたシンプルなものでした。しかし、それが逆に想像力を刺激して、さまざまなイメージを掻き立てる要因ともなっています。
▲有名な館を発見するシーン。これだけでゾクッとしました。
選択肢によって展開が変化していくシステムはとても印象的でした。映画にしろ小説にしろ、ストーリーは基本的に1本道。私がこれまでプレイしてきたゲームも、選択によってストーリーが大きく変化することはありませんでした。
だけど、『弟切草』は違う。「自分で物語を作り上げていく感覚」を味わうことができる。このゲームでしか表現できないインタラクティブ性が、じつに新鮮だったんですね。
▲ゲームの主人公だったら絶対にやらないような情けない行動が選択肢に含まれているのも、『弟切草』の特徴でした。
選択肢によっては物語がよくない方向に進むこともあるので、ある種の緊張感が常に伴います。友人と一緒にプレイしていると、「えっ、どっちを選べばいいんだ!?」と2人して悩みまくることも珍しくありませんでした。危険が迫ってくるシーンなんか、とくにそう。
▲選択肢によって物語が大きく変化していくのが、『弟切草』最大の特徴であり、おもしろい部分です。
RPGなどとはひと味異なる感覚で、「自分の物語」をつむいでいく感覚が素晴らしい。
じつは、『弟切草』は私がはじめてプレイしたホラーゲームでもあります。これも強く印象に残っている要因。それまで、私のなかでホラーと言えば映画や漫画がほとんどで、ゲームで恐怖を感じたことはありませんでしたから。
もちろん、ホラーゲームというジャンル自体は古くから存在していたわけですが、私が心の底から怖いと思ったゲームは、間違いなく『弟切草』が初でした。今でも思い出す、館に入った時の不気味な静けさ。ミイラを発見した時のショック、そして主人公たちに襲いかかる数々の奇怪な出来事……。
何より恐ろしかった、だからこそ素晴らしかったのがタイトル画面です。メインテーマとともに、ジャケットと同じ赤文字で大きく書かれた『弟切草』のロゴが出現した瞬間の恐怖は、今でも忘れられません。
▲インパクトありすぎのタイトル画面。
▲プレイした人なら誰もが通る、ミイラ遭遇時の恐怖。とんでもないインパクト!
■友人の部屋で、『弟切草』と2人きり
あれは友人の家で一緒に『弟切草』をプレイしていた時のこと。僕がスーパーファミコンの電源をつけた瞬間、友人が突然部屋の電気を消し、僕を一人で部屋に閉じ込めたのです。真っ暗な部屋の中で聞こえてくる『弟切草』のメインテーマ。
友人はすぐにドアを開け、電気もつけてくれましたが、恥ずかしながら私は泣く寸前でした。いや、ちょっと泣いていたかもしれない。あの時の恐怖はトラウマを植え付けられるレベルでした。もちろん今でこそ笑い話ですが……。
ご存知のように、サウンドノベルはその後『かまいたちの夜』や『街』、『忌火起草』や『428 ~封鎖された渋谷で~』といった名作群を生み出し、ゲームジャンルとして確固たる地位を築くことになります。でも、その原点はこの『弟切草』なんです。多感な少年時代に、シリーズのオリジンとも言える作品をプレイできた経験は、私の大きな財産です。
さて、そんな『弟切草』ですが、オリジナルであるスーパーファミコン版をそのままプレイすることは残念ながら難しいです。Wii Uのバーチャルコンソールでダウンロード購入するか、リメイク版とも言える『弟切草 蘇生篇』を初代PSアーカイブで購入することが現実的なところだと思います(まだ動くスーパーファミコンを所持している方は、中古で購入するのもアリかと)。
本稿執筆の際、何年かぶりにプレイしたのですが、やはり色あせない魅力があるなと強く感じました。グラフィックスやサウンドは現代のゲームと比べるべくもないのですが、『弟切草』だけが持つ独特の味わいがあるんです。シンプルだからこそ感じる怖さ。
シナリオも、子どものころと大人である現在とでは感じ方が違いました。思春期のころは、ホラー成分ばかりが強く印象に残っていたのですが、大人になった今プレイすると、とても悲しい物語であることに気持ちが引っ張られます。個人的に大好きな楽曲「奈美の思い出」が流れた時は、胸が締め付けられるような想いでした。
……ということで、子どものころ『弟切草』をプレイしていた方は、ぜひもう一度挑戦してみることをオススメします。おそらく、当時プレイしていたときとは感じ方がまるで違ってくると思うので。大人だからこその捉え方ができる。ストーリー展開としては決して派手な部類ではないのですが、じわりじわりと染み込んでくる感じ。未だに根強いファンがいるのも十分にうなずけます。
もちろん、未プレイの方にもぜひ体験していただきたい。『弟切草』のすごいところは、現在のサウンドノベルの基本スタイルが、第一作の時点ですでに完成されていること。ゲームとしては間違いなく一級品ですし、原点を知ることで見えてくるものもあると思います。今回の記事を読んで『弟切草』に興味を持ったというかたは、ぜひチェックしてみてください!
テキスト:御簾納 直彦(Misuno Naohiko) 1981年生まれ。文章を書いたり写真を撮ったり動画を編集したり、最近は興味のあることはなんでもやってる自由人。一番の好物はホラーゲーム(特にJホラー)だが、斬新さを感じるものであれば基本的に雑食。あと最近涙腺緩めで、すぐに泣く。
ツイッターアカウント→御簾納 直彦@MisunoNaohiko